長崎地方裁判所島原支部 昭和37年(ワ)84号 判決 1965年2月01日
原告 国
訴訟代理人 高橋正 外二名
被告 曽我義彦 外一名
主文
被告等は原告に対し、各自金七〇〇、〇〇〇円及びうち金四七、一四二円に対する昭和三三年七月一九日より、うち金一八、七七六円に対する同年八月一二日より、うち金二四五、二八一円に対する昭和三四年四月八日より、うち金四、八三八円に対する同年四月一〇日より、うち金一〇、六一三円に対する同年四月二八日より、うち金八〇六円に対する同年五月二〇日よりうち金四一、七六八円に対する同年一二月二五日より、うち金一二七、六七九円に対する昭和三五年四月七日より、うち金二〇三、〇九七円に対する同年四月八日より各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は一〇分し、その七は被告等の負担とし、その余は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、被告曽我義彦が自動三輪車(長第六-す二六三九号)を使用して貨物運送を営んでいた者であり、被告案浦金好が昭和三二年一〇月頃より被告曽我に雇傭され右自動車を運転して右貨物運送の業務に従事していた者であることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第三八号証ないし第四〇号証(甲第三八号証は原本の存在も争がない)、証人今西栄次、同白石信義、同金子満の各証言及び被告両名各本人尋問の結果を綜合すれば、被告曽我は前記自動三輪車を所有し、前記のように被告案浦を運転手として雇入れて貨物運送事業を営んでいたが、仕事の受注は主として被告曽我がうけていたけれども被告案浦においてうけることもあり、その場合には事前に被告曽我に通報して承諾をうけるか、または運送の終つた後に同被告に報告していたこと、車の修理代、ガソリン代など運送事業の経費はすべて被告曽我が負担し、被告案浦の給料も毎月の出来高に対する歩合であつて被告曽我より賃金をえていたこと、被告案浦は毎日の作業を終えると本件自動車を被告曽我のもとに運行して帰り、同所に駐車させていたこと、等の方法により右貨物運送事業を営んでいたところ、被告案浦は昭和三二年一一月二七日午前八時頃から同日午後五時頃までの間被告曽我の指示により本件自動車を運転して長崎県南高来郡吾妻村の土井川災害復旧工事の工事材料の運送に従事していたが、訴外金子満から長崎市内の株式会社中井商店まで大根の運送方を依頼されたので、右運送についてはその運送終了後被告曽我に報告すべきものとして、とりあえず同日午後七時すぎ頃本件自動車を運転して同村栗林名柿田の訴外人金子満方に赴いたが、大根の集荷ができていなかつたので空車で帰途につくこととなつたところ、たまたま同所に居合せた右中井商店の社員訴外白石信義らから焼酎の飲酒を勧められたので約一合位を飲んだ上同日午後八時頃、帰途を同じくするところから本件自動車の助手席に訴外白石信義を乗車させ、右自動車を運転して右金子満方前より同村山田駅(吾妻駅)に向う途中、同日午後八時一〇分頃、時速二五粁ないし三〇粁位で同村馬場名字前田一七二番地の一地先附近道路にさしかかつた際、訴外白石信義が突然車の後方を注意させるようなことを言つたので、そのことに気をとられ飲酒による酔のため一時停車もしくは最徐行することなく、しかも前方注視も怠つて漫然運転しつつ車の後方を振り向いた過失により、本件自動車の左前部を道路左端の電柱に激突させ、その結果本件自動車の助手席に乗つていた訴外白石信義に対し左大腿下腿複雑骨折兼胸腹部打撲内出血等の重傷を負わせたことを認めることができ、被告曽我義彦本人の供述によつても右認定を覆すにたらず、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。もつとも、本件事故が被告案浦において飲酒の上本件自動車の運転をなすと同時に徐行、前方注視等の注意義務を怠つた過失によつて惹起したものであることについては、被告案浦においては認めて争わないところである。
二、ところで被告曽我は、本件事故発生の原因となつた本件自動車の運行行為は業務外の行為であつたから被告曽我は自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる「自已のために自動車を運行の用に供する者」に該当せず、仮りに該当するとしても同法第三条但し書の免責要件を充足するから、同法第三条による損害賠償の義務を負ういわれはないと主張するのであるが、右認定の事実関係に徴すれば、被告案浦が惹起した本件事故は作業終了して雇主である被告曽我のもとに帰る途中のことであるから業務上の事故であることは明らかであつて、被告曽我が自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当することは当然であり、本件事故が被告案浦の過失によつて惹起されたものであること前認定のとおりである以上、たとい被害者である訴外白石信義の過失が競合するとしても、同法第三条但し書の免責要件を充足するものではなく、被告曽我は訴外白石信義が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務がある。また、本件事故が被告案浦の過失に基因するものである以上被告案浦は右不法行為により訴外白石信義の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。そして、被告らの右損害賠償債務は不真正連帯債務の関係に立つものである。
三、そこで訴外白石信義が本件事故によつて蒙つた損害額について検討する。
(一) 証人白石信義、同島田二郎の各証言により真正に成立したと認める甲第二九号証の一ないし九、証人島田二郎の証言により真正に成立したと認める甲第二一号証の一ないし一一、甲第二二号証の一ないし三、甲第二四号証の一ないし三、甲第三〇号証の一ないし一三、証人白石信義の証言と弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第七号証の一、二、甲第三三号証の一、甲第一六号証ないし第二〇号証の各一、二、甲第三三号証の二、甲第三四号証の一ないし四、甲第三一号証の一、二、甲第三五号証によれば、訴外白石信義は本件事故によつて前記傷害をうけたため、昭和三二年一一月二七日から昭和三三年六月一日まで松尾医院に入院治療し、ついで同日より昭和三五年三月二五日まで香月整形外科医院で診療をうけ、その療養治療に要した費用が原告が請求原因第四項(一)の(イ)ないし(ホ)において主張するとおり合計金四三四、一六四円であることが認められ、他にこの認定を動かすにたりる証拠はないから、訴外白石信義が入院治療に要した損害額は金四三四、一六四円と認定する。
(二) 前記各証拠、証人白石信義の証言により真正に成立したと認める甲第一号証ないし第六号証の各一、二、甲第八号証ないし第一五号証の各一、二、甲第二三号証の一、二、甲第二五号証ないし第二八号証の各一、二、甲第三一号証の一、二、に証人白石信義の証言を綜合すれば、訴外白石信義は昭和二二年四月一日より長崎市西浜町五三番地株式会社中井商店に常用の従業員として勤務し、漬物、佃煮の製造作業、原料の買出しに従事し、本件事故発生当時月給による賃金支払方法により月額二五、〇〇〇円の給料を得ていたところ、原料(大根)仕入れのため長崎県南高来郡吾妻村方面に出張し、被告案浦運転の本件自動車の助手席に同乗して出張先より右会社に帰る途中、本件事故に遭遇し、本件事故によつて前記傷害をうけ、その傷害治療のため昭和三二年一二月一日から昭和三四年七月三一日までの間右勤務先を欠勤し、そのため右期間月額二五、〇〇〇円の給料の支払をうけられなかつたことが認められ、この認定を左右する証拠はないから、訴外白石信義が療養中得べかりし利益を失つたことによる損害額は金五〇〇、〇〇〇円と確定する。
(三) 原告は訴外白石信義が本件事故により左膝関節部及び左足関節の用廃、左大腿部下腿短縮等の障害を残したとして、昭和三二年七月二日附基発第五五一号本省労働基準局長より各都道府県労働基準局長宛通達(甲第三六号証の二)に基き、右障害が労働基準法施行規則第四〇条第三項の併合認定の規定により同規則別表第二身体障害等級表の第五級に該当するところから、右等級の労働能力喪失率一〇〇分の七九、訴外白石信義の平均余命年数三一、一一、月給二五、〇〇〇円の三ケ月の平均賃金日額八一五円二一銭を計算の根拠としてホフマン式計算法により労働能力の減少による将来うべかりし利益の喪失による損害金の現在価格が金二、八六一、六三〇円であると算出主張するのであるが、一般に労働能力の減少による損害賠償額を算定するためには、労働能力の減少によつて具体的にどれほどの収入減を生ずるかどうかによつて、換言すれば事故がなかつたならば得たであろう収入から減少した労働能力によつて得られる収入を控除した額によつて算出すべきものと解するを相当とするから、労働基準法施行規則別表第二による障害補償を行うべき身体障害の等級から割出した前記通達における労働能力喪失率が仮りに正鵠を得たものであるとしても、身体障害者の経済的活動状況殊に職業の性質内容と労働能力減少による経済的影響を具体的に検討して右労働能力喪失率が収入減少の率に照応すると認めるのを相当とするのでなければ、労働能力喪失率を決定的な基準として労働能力の減少による将来うべかりし利益の喪失による損害金を算定する原告の採用する算定方法は直ちに採用できがたいものと考える。ところで証人白石信義の証言と前記甲第三一号証の一によれば、訴外白石信義は大正八年九月二二日生れであつて、昭和二二年四月一日、漬物、佃煮の製造卸販売を業とする前記株式会社中井商店に入社し、本件事故発生当時右会社に日雇ではなく常用の従業員として勤務し、漬物、佃煮の製造作業、原料の買出しに従事し、賃金支払方法は週給、日給、時間給、出来高払制、その他請負制ではなく月給制で月額金二五、〇〇〇円の収入を得ており、本件事故によつて傷害をうけ、その傷害治療のため昭和三二年一二月一日から昭和三四年七月三一日まで右会社を欠勤したが、その後は従来どおり右会社に勤務し従来の作業に従事していることが認められ、この事実と弁論の全趣旨によれば訴外白石信義は本件事故による労働能力の減少によつて前記(二)以外に格段の収入減を生じていないことが窺われるのであつて、本件全証拠によつても、訴外白石信義が本件事故がなければ得たであろう収入と減少した労働能力によつて得られる収入との間に原告主張の労働能力喪失率に照応するような収入減の存在することを認めうる資料がないから、労働能力喪失率を決定的な基準とする原告主張の損害額算定方法によつては訴外白石信義の労働能力減少による将来うべかりし利益の喪失による損害額を確定することはできない。
そうすると、訴外白石信義は本件事故によつて前記(一)の入院治療費に要した損害金四三四、一六四円及び前記(二)の得べかりし利益を失つたことによる損害金五〇〇、〇〇〇円合計金九三四、一六四円の損害を蒙つたことが認められるところ、前記二において認定したとおり、本件事故発生については、被告案浦に焼酎の飲酒をすすめ被告案浦が飲酒して運転する本件自動三輪車の助手席に同乗し、本件事故発生直前被告案浦に対し突然車の後方を注意させるようなことを言つた訴外白石信義にも過失の存在が認められるので、訴外白石信義の過失を斟酌するときは、その損害賠償額は金七〇〇、〇〇〇円を以て相当と認める。
四、ところで訴外白石信義が本件事故当時株式会社中井商店の従業員として同会社に勤務し、事故当日は原料(大根)の仕入れのため前記吾妻方面に出張し、被告案浦運転の本件自動三輪車の助手席に同乗して出張先より右会社に帰る途中本件事故に遭遇したことは既に認定した事実に徴して明らかであるから(もつとも被告案浦は右事実を認めて争わない)、訴外白石信義が本件事故によつて蒙つた前記負傷は労働者災害補償保険法にいわゆる業務上の事由による負傷であるというべく、訴外白石信義は労働者災害補償保険法の規定に基き保険給付をうける権利を有するところ、原告が訴外白石信義に対し同法に規定する保険給付として別表記載のとおり合計金一、三五三、八八〇円の災害補償費を支給したことは前記甲第一号証ないし第二〇号証の各一、二、甲第二一号証の一ないし一一、甲第二二号証の一ないし三、甲第二三号証の一、二、甲第二四号証の一ないし三甲第二五号証ないし第二八号証の各一、二、甲第二九号証の一ないし、九甲第三〇号証の一ないし一三、甲第三一、三二号証の各一、二によつて認められるから、原告は同法第二〇条の規定に基き原告が訴外白石信義に保険給付した右金額の限度内である訴外白石信義がそれぞれ被告らに対して有する金七〇〇、〇〇〇円の前記損害賠償債権を取得したものというべきである。
五、しかるに被告曽我は本件損害賠償債権は民法第七二四条により本件事故発生の日より三年を経過したときに時効消滅したと主張するのであるが、成立に争のない甲第四一号証の九ないし一六、甲第四二号証の一、二、甲第四三号証によれば、原告は昭和三五年一〇月二五日被告曽我に対し納入告知書を以て本件損害賠償金の納入告知を行い、右納入告知書はその頃被告曽我に到達していることを認めることができ、この認定に反する被告曽我義彦本人の供述は採用できず、他にこの認定を左右する証拠はないから、会計法第三二条により時効中断の効力が生じたものというべく、被告曽我の右時効消滅の主張は理由がない。
六、そうすると、原告が被告らに対して、各自金七〇〇、〇〇〇円の前記損害賠償金とこれに対するうち金四七、一四二円に対する昭和三三年七月一九日より、うち金一八、七七六円に対する同年八月一二日より、うち金二四五、二八一円に対する昭和三四年四月八日より、うち金四、八三八円に対する同年四月一〇日より、うち金一〇、六一三円に対する同年四月二八日より、うち金八〇六円に対する同年五月二〇日より、うち金四一、七六八円に対する同年一二月二五日より、うち金一二七、六七九円に対する昭和三五年四月七日より、うち金二〇三、〇九七円に対する同年四月八日より各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求部分は正当として認容すべきであるが、右金額を越える本訴請求部分は失当として棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 阪井いく朗)
(別表)
災害補償費支給一覧表<省略>